子嶋寺

壺阪寺に次ぐ古刹。創建については諸説あるが、寺伝では孝謙・桓武天皇の病を癒した報恩大徳により、天平勝宝4(752)年に開かれたとする。一時は21坊もの伽藍を誇り、大和国の観音霊場として信仰を集めた。山門は高取城二ノ門を移築したもの。子島曼荼羅の通称で知られる国宝「紺綾地金銀泥絵両界曼荼羅図」は、日本三大曼荼羅の一つ。

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植村家長屋門

植村家長屋門

現在も旧藩主・植村家の住居として機能するこの屋敷は元々、旧高取藩の筆頭家老屋敷であった。建立は文政9(1826)年という、近代武家屋敷表門の遺構を残す貴重な建造物であることから、奈良県の重要文化財に指定されている。正面の丘には旧藩主下屋敷・御殿跡があったとされ、近くには田塩家など数軒の武家屋敷が現存する。

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土佐街道

高取藩2万5千石の城下町として栄えた高取町のメインストリート。当時は500軒もの商家が軒を連ねたといい、今も低い軒先や連子窓といった古い家並みの随所に、往時の繁栄ぶりを偲ぶことができる。両脇に水路が流れる街道の石畳には、阪神淡路大震災の復旧工事で出た石が活用され、所々に埋め込まれた薬草タイルを見て歩くのも楽しい。

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人頭石

子嶋寺より徒歩すぐ。土佐街道の最北に佇む光永寺の前庭に置かれたこの石は、昭和53(1978)年の県下石像物調査で発見された。高さ1mほどある花崗岩に彫られた人間の横顔は、頭頂部が手水鉢のように窪み、大きな鼻と耳、突き出した顎が特徴的。そのような風貌から、飛鳥の宮殿へとやって来たペルシャ人の横顔を模したとする説が流布し、元禄15(1702)年に欽明天皇陵のほとりで掘り出された、吉備姫王墓に並ぶ4体の猿石と同じ飛鳥時代の石造物であると考えられている。文化庁が認定した、明日香村・橿原市・高取町の「日本遺産」を構成する貴重な文化財のひとつ。

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上子島砂防公園

上子島砂防公園

高取川の上流、ちょうど高取城への入口に当るところに上子嶋砂防公園があります。ハイキングシーズンには、たくさんの方々が、高取城へ上る際の最初の休憩地点として休憩されています。

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