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阿波野青畝 句碑 かつらぎの山懐に寝釈迦かな

阿波野青畝

昭和を代表する高取町出身の俳人。大正13(1924)年に25歳と若くして、夏目漱石の『吾輩は猫である』などが連載された俳句雑誌『ホトトギス』の課題句選者となる。その後、山口誓子らと共に昭和の四S(しいエス)と呼ばれる作家の一人として、同誌の黄金時代を築いた。生家や長円寺の中庭といった町内随所に、5つの句碑が設けられている。

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貝吹山城址

貝吹山(貝吹山城址)

橿原市との境目に位置し、標高は210.3m。山頂には麓の人々が雨乞いをした「牛頭(こず)天王の塚」と呼ばれる直径約3mの円墳があり、南北朝時代には越智氏の山城が塚の上に築かれた。山城は元々、越智居城の詰め城であったが、後に本城となって高取城を詰め城にするまで発展した。貝吹の名はホラ貝を吹き、敵襲を知らせたことに由来。

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常楽寺 みがわり地蔵

常楽寺

奈良の昔話として語り継がれる「身代わり地蔵」は、谷田地区の常楽寺に安置されている。かつての村には寺の年貢米を育てる田があり、上と下で半分ずつ田を世話する作人が2人いた。ある夜、下の作人が自分の田から水を盗んでいると疑った上の作人は、夜の山で待ち伏せして怪しい人影に矢を放つ。翌朝、寺を参るとその矢は地蔵に突き刺さっていたという。

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波多甕井神社

波多甕井神社

平安時代の法令集「延喜式」神名帳に記載がある、高取町で唯一の由緒ある式内大社(しきないたいしゃ)。『続日本記』などによると、神護景雲4(770)年には存在したとされる。下方の井戸谷にある、清水の湧き出る井戸が地元の水甕(みずがめ)として使われてきたため、甕井(みかい)神社と呼ばれる。文化庁が認定する高取町の「日本遺産」。

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さつま地蔵

さつま地蔵

阿弥陀如来木立像を本尊とする、浄土真宗本願寺派の西法寺横に祀られる。上半身と下半身が分かれていることから「腰折れ地蔵尊」とも呼ばれ、腰の部分は安産にご利益があるとされている。また、足腰など自分の患部と同じところを撫でれば、痛みが和らぐともいわれ、古来からお参りする人が後を絶たない。かつては古代の官道・紀路と見られる遺構が確認された、薩摩遺跡の周辺に鎮座していたという説も残る。地蔵尊の脇に立つ灯篭も珍しく、夏の夜には地蔵尊の伝承を後世に伝えていくため、西法寺前の広場で「さつま地蔵まつり」も行われている。

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