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観覚寺遺跡

観覚寺遺跡

高取町教育委員会が行ってきた発掘調査により、古代ロマンを紐解く遺構が次々に見つかっている集落跡。平成17(2005)年には、朝鮮半島から伝わった石組みの方形池とオンドル、新たな大壁建物が出土したと発表された。

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森カシ谷遺跡

古代の官道であった紀路を見下ろす丘陵上にあり、飛鳥を守る砦の役目を果たした遺構と共に、終末期古墳や中世遺構なども検出されている。丘陵の南斜面に築かれた古墳は、明日香村のキトラ古墳と立地状況や墳丘の直径などが酷似。このことから、キトラ古墳と同じく天武天皇の皇子・皇女クラスの人物が埋葬されていた可能性を秘める。

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斉明天皇陵

斉明天皇陵

宮内庁が管理する斉明天皇とその娘・間人皇女の合葬陵。陵前には斉明天皇の孫娘にあたる大田皇女の墓も造られており、更には8歳で亡くなった皇孫の健王も自分の陵に埋葬するよう、斉明天皇が遺言を残したと伝わる。古代飛鳥で活躍した女性たちの痕跡を辿る「日本遺産」の中でも、家族愛に溢れた陵墓のひとつ。

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壺阪寺

壺阪寺・壺阪観音の通称で知られる、真言宗豊山派の寺院。正式には壺阪山平等王院南法華寺という。西国三十三所観音霊場の第六番札所として古くから信仰を集め、本尊の十一面千手観世音菩薩は眼病に霊験あらたか。寺宝の『南法花寺古老伝』によると創建は大宝3(703)年、元興寺の僧・弁基大徳が開基上人であった説が有力とされている。

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子嶋寺

壺阪寺に次ぐ古刹。創建については諸説あるが、寺伝では孝謙・桓武天皇の病を癒した報恩大徳により、天平勝宝4(752)年に開かれたとする。一時は21坊もの伽藍を誇り、大和国の観音霊場として信仰を集めた。山門は高取城二ノ門を移築したもの。子島曼荼羅の通称で知られる国宝「紺綾地金銀泥絵両界曼荼羅図」は、日本三大曼荼羅の一つ。

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